本当の勝負はこれからだぜ。

むねお所長
むねお所長
『 相続ビジネスはマーケティングでうまくいく!』

相続マーケティング研究所 むねお所長こと、
株式会社ライブリッジ 代表の川口宗治
です。

3月に入りました。

寒さの厳しかった2月が終わり、
ここ数日は途端に春めいてきましたね。

私ごとではございますが、昨日、2023年3月1日に次男が高校を卒業しました。
とても感慨深い一日となりました。

この記事ではむねお所長が大いなる公私混同を承知の上で、
私たち相続パーソンが何かを成し遂げるために必要なことについて、
むねお所長の考察を述べるものです。

よろしければ最後までお付き合いくださいね。

希望を胸に抱いて京都の高校へ進学

むねお所長の次男・飛勇(ひゆう)は小学校4年生の時に陸上競技を始めました。
3歳年上の兄・陽南太(ひなた)が先に所属したいた富山市内の陸上クラブに入り、
兄と一緒に練習をしていました。

飛勇が小6で陽南太が中3の時、我が家にちょっとした事件(?)が起きます。
陽南太が富山県代表として4×100mリレーで全国大会に出場。
北海道で行われた全中大会でなんと日本一になったのです。

当時小6だった飛勇も一緒に北海道まで行き、スタジアムで応援しました。
陽南太の全国優勝を目の当たりにした飛勇は、

「俺も日本一になる」

と北の大地で心に誓ったそうです。

そして中学校に入った飛勇は走り幅跳びに照準を絞り、
中学3年生で富山県代表になり全国大会への切符を手にしました。

岡山県で行われた全中大会では6位入賞。
日本一の夢は高校陸上で成し遂げる、そんな決意を持って、
京都の陸上の名門校に進学することを決めました。

3年前の入学時、飛勇が夢と希望がいっぱい詰まった笑顔で京都・洛南高校に入学したことが、
つい昨日のことのように思い出されます。

思うように成果を出せない苦しみ

洛南高校陸上部は全国でも有数の陸上の名門校です。
全国から強豪選手が集まって来ます。

そんな環境の中、高1からインターハイに出場して必ず日本一になるという目標を掲げ、
飛勇の高校陸上生活が始まりました。

しかし・・・
思うように成果が出ない日が続きました。

来る日も来る日も、1cmでも記録を伸ばすために、
膨大な時間の練習を繰り返しているにもかかわらず、
1年経っても2年経っても中学時代の記録をなかなか超えることができない。

言葉にはしませんでしたが、
飛勇が心の底から悩み、苦しんでいるのが手にとるようにわかりました。

それでも前を向き今日も練習に行く

中学時代の自己ベストを高校1年の春にはすぐに更新する。
そう信じて疑わずにスタートした高校陸上でしたが、
彼は中学時代の自己ベストをなかなか超えられずにいました。

富山時代は誰にも負けなかった走り幅跳びですが、
京都に来てからは誰にも勝てないのです。

自分のプライドがズダズダに切り裂かれ、
存在意義を見失い、
自分のやっていることの正しさを誰も証明できない日々。

彼の失意は父であるむねお所長には想像もできないほど深いものだったに違いありません。

それでも毎日、彼は練習に行きました。
前を向き、一歩ずつ成長するために、
日本一厳しいと言われる洛南高校陸上部の練習に通い続けたのです。

チャレンジのその先に

彼の自己ベスト更新は、高校3年生の春になっても叶いませんでした。
チームメンバーに選ばれることができず、全国大会はおろか京都府予選に出場することさえできませんでした。
流石に京都府予選のメンバーに入れなかった時は、彼にしては珍しく激しい落ち込みようで、
「こんな辛い思いするなら京都の高校に来るんじゃなかった」
と泣きながら弱音を吐いていました。

通常の高校3年生なら夏には引退するのですが、
彼は引退せず、練習を続けました。
そして訪れた秋の高校生活最後の大会で、
なんと彼は自己ベストを大きく更新し、
京都府大会で優勝することができました。

チャレンジの結果、最後の大会で大輪を咲かせたのです。

彼の嬉しそうな顔、自分の人生を価値あるものと感じている姿を見て、
むねお所長も心からの喜びを感じた瞬間でした。

本当の勝負はこれからだぜ

昨日の卒業式の後、飛勇が私に言いました。

「3年間、洛南高校に通わせてくれてありがとう。
たくさん応援に来てくれてありがとう。
試合で結果が残せなくても、どんなに不甲斐ない試合でも、
帰り道の車の中でいつも認めてくれて励ましてくれてありがとう。
とーさん(彼はむねお所長をこう呼びます)のことを尊敬しています。
これからも応援してください」

そんな彼に、私はこう応えました。

「3年間、本当によく頑張った。
辛いことの方が多かった高校生活だったかもしれないけれど、
たくさんの宝物を得たね。
君のことを心から誇りに思う。
本当の勝負はこれからだぜ。
いつまでも応援してるからな」

最後に

次男の高校3年間は挑戦と挫折の連続でした。
愚直な実践と果敢なチャレンジと繰り返される挫折。
それでも前を向いて一歩、また一歩と進もうとする姿勢をたくさん見せてもらった3年間でした。

思い返せばむねお所長も独立してからの数年間は、
まさに挑戦と挫折の連続でした。

上手くいかないことが続いても、一歩一歩前に進むこと。
そしていつか努力が報われること。

飛勇は私のそんな姿をみて「とーさんのことを尊敬しています」と言ってくれたのかもしれません。

私たちは父子でその姿を見せ合ってきた数年間でした。

飛勇、たくさんの感動をありがとう。

これからも君を支え、応援し続けるよ。

※圧倒的な公私混同の記事に最後までお付き合いいただきありがとうございましたm(_ _)m

最後の大会で自己ベストで優勝した喜びの表情の飛勇

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この記事を書いた人

川口 宗治

川口 宗治

株式会社ライブリッジ代表取締役。
1973年富山県生まれ。
25歳から39歳まで14年間外資系生命保険会社で
セールスとマネジメントに携わる。
2013年、40歳で独立し、ライブリッジ開業。
現在は「相続マーケティング研究所 むねお所長」
として相続ビジネスで成果をあげたい事業者に、
じわじわと確実に効果の上がる各種プログラムを提供している。
特に社員5人未満のスモールビジネスの方へのサポートが得意。
18歳からアメフトを始め、44歳までの27年間現役を続行。
趣味は焚火、スキンケア、カメラ。好きな飲み物はwhisky。